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 ここ数日、奈良県大淀病院で起き、19病院に搬送を断られた件について、私が知り得たことをお伝えします。

 まず、亡くなられた方、ご遺族に対し、深く哀悼の意を申し上げます。

 ここ数日テレビ・新聞ではこの件について色々な報道がなされており、皆さんの関心も深いものと思います。ところが、この件についてはどの新聞もテレビも同じ論調なので、この件について医療側はどう捉えているか、真相により近いものは何か、私が知り得る範囲で調べてみました。

 まず、ご遺族がテレビで訴えていらした姿を見て、さまざまな感想を持たれたと思いますが、愛する人を亡くすことの衝撃は余人には図りしれず、今まさにご遺族は、「喪の仕事」をしている最中なのです。感情をあらわにすることはごく自然な姿なのです。
 「喪の仕事」とは、愛する人を亡くし、その事実を冷静に受け止め前を向いて生きていくために、どうしても辿らなければならない感情の嵐のことを言います。怒り・悲しみ・恨み・抑鬱・取引などのさまざまな感情がわき起こるのです。そしてこれには、かなりの年月を必要とすることもあります。

 しかし、私たちは第三者の立場です。出来るだけ冷静に、物事の推移を判断しなければならないでしょう。
 そして、判断するためにはそれなりの情報を必要とします。テレビ・新聞の情報はすでに皆さんの目に充分触れたことと思います。ですから、医療側の情報をここにあげますので、目を通していただいて、この件についてそれぞれで考えてください。
 

平成18年10月19日
産婦人科医会「主治医にミスなし」 奈良・妊婦死亡
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200610190064.html

 奈良県大淀町の町立大淀病院で8月、分娩(ぶんべん)中に重体となった妊婦(当時32)が県内外の19病院に搬送を断られ、出産後に死亡した問題について、同県医師会の産婦人科医会(約150人)は19日、同県橿原市内で臨時理事会を開き、「主治医の判断や処置にミスはなかった」と発表した。

 妊婦は脳内出血を起こし、意識不明となったが、主治医らは妊娠中毒症の妊婦が分娩中にけいれんを起こす「子癇(しかん)」と診断し、CT(コンピューター断層撮影)検査をしなかったとされる。
 理事会後、記者会見した同医会の平野貞治会長は「失神とけいれんは、子癇でも脳内出血でも起こる症状で、見分けるのは困難。妊婦の最高血圧が高かったこともあり、子癇と考えるのが普通だ」と説明。「CTを撮らなかったのは妊婦の搬送を優先したためで、出席した理事らは『自分も同じ診断をする』と話している」とも述べた。

 県警が業務上過失致死容疑で捜査を始めた点については、「このようなケースで警察に呼ばれるのなら、重症の妊婦の引き受け手がなくなってしまう」と懸念を示した。

http://www.yabelab.net/blog/2006/10/17-124111.phpより
No.191 いのげ@某板から転載さんのコメント | 2006年10月20日 09:26 | (Top)

情報源が確実な今日聞いた話。
当夜の当直は外科系は整形外科医、内科系は内科医、
産婦人科は奈良医大から派遣の当直医。
患者さんは午前0時に頭痛を訴えて失神、
ただ痛みに対する反応(顔をしかめる)はあった。

産婦人科当直医は念のため内科当直医に対診を依頼、
内科医は「陣痛による失神でしょう、経過を見ましょう」
ということになった。しかしその後強直性の痙攣発作が出現し、
血圧も収縮期が200mmHgになったので、子癇発作と判断、
マグネゾールを投与しながら産婦人科部長に連絡した。

部長は午前1時37分、連絡してから約15分程で病院に到着。
以後二人で治療にあたったが、状態が改善みられないため、
午前1時50分、母体搬送の決断を下し、奈良医大へ電話連絡を始めた。
午前2時、瞳孔散大を認めるも痛覚反応あり。血圧は148/70と安定してきた。

この時点で頭部CTも考慮したが、放射線技師は当直していないし、
CT室が分娩室よりかなり離れたところにあること、
患者の移動の刺激による子癇の重積発作を恐れ、
それよりも早く高次医療機関をさがして搬送するほうがよいと判断、
電話をかけ続けたが、なかなか 搬送先がみつからない。

午前2時30分、産婦人科部長が家族に状況を説明、
そのあいだにも大淀病院の当直医や奈良医大の当直医は大阪府をふくめて
心当たりの病院に受け入れ依頼の電話をかけつづけた。

家族はここで「ベビーはあきらめるので、なんとか母体をたすけてほしい。
ICUだけがある病院でもいい」と言ったので、
NICUを持たない病院にまで搬送先の候補をひろげ、
電話連絡をとろうとした。家族も消防署の知り合いを通じ、
大阪府下の心当たりの病院に連絡をとって、
受け入れを依頼した。この頃には産科病棟婦長 (助産師)も来院、
手伝いはじめてくれた。

大淀病院看護師OGで患者さんの親戚も来院し、多くの人が集まり始めた。
けれども受け入れてくれる施設が見つからない。
担当医は当直室(仮眠室)から絶望的な気分になりながら電話をかけ続けたし、
大学の当直医は大学の救命救急部門にまで交渉に行ったが子癇は産婦人科の担当で、
我々は対処できないと言うことで受け入れ拒否された。

午前4時30分、呼吸困難となり、内科医が挿管したが、その後自発呼吸ももどり、
サチュレーションは98%と回復した。
その後すぐに国立循環器病センターが受け入れOKと連絡してきたので、
直ちに救急車で搬送した。患者さんは循セン到着後CT検査等で脳内出血と診断され、
直ちに帝王切開術と開頭術をうけたが、生児は得られたも のの脳出血部位が深く、
結局意識が戻らないまま術後8日目の8月16日死亡された。

http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1161360294/ より
続見解の相違1

主治医か大学からの派遣当直医かについては、私も不思議に感じたので、昨日担当の某新聞記者に逆に聞いたところ、大学からの派遣医だと思いますという答えでした。また、カルテのコピーも持っているから確かだとのことでした。しかし、まだ納得がいかなかったので、きょう当該病院の
看護師にその友人を介して聞いたところ、産婦人科には、平日に大学の派遣医は火曜日と水曜日しかきておらず、この日は産婦人科部長が一人で当直していたとの返事を得ました。病院で働くすべての人がこの問題について知ってしまったので確かです。カルテには主治医、担当医、○○Dr.等複数の記載方法で書いてあったそうだし、別の看護師にきいたところ、月曜日も定期的に別の医師が来ていたように思うとい う返事でしたので混乱してしまいました。申し訳ありません。

ただまだいくつか疑問点があるので、情報源の医師に聞いたところ、CTについては、当日当直だった内科医は、自分が担当医に撮影を勧めたことはないと断言し、担当医も、内科医からCTに関して助言を受けたことは記憶にない。今回の新聞記事の中でこれが一番腑に落ちないところだと言ったそうです。

CTを撮ることは考えたが搬送先が見つかった時、できるだけ早く送れるように分娩室で待機するほうがいいと考えた。放射線技師を呼び出しCTに電源を入れウオームアップしてから撮影するまで一時間前後かかるし、分娩室は病院の南西の端で、CT室は北東の端であり、距離的にもかなり離れている。現像してフイルムを持っていくことを考えるとさらに半時間ぐらい時間がかかると判断した。また搬送先がすぐに見つかるだろう、自分でも患者さんの状態を直接話してみようと考えたそうです。

ところがまず最初に連絡した頼みの大学は、運悪く、緊急帝王切開がはじまったばかり。無理を言って手術室の当直医を呼び出し、事情を説明したがとても受け入れられる状態ではない。当直医は「なんとか帝王切開が一段落すればどこか探します」といってくれたが、こうなれば自分でも探さなければならないと考え、電話をかけ続けたそうです。

分娩監視装置は全経過でほとんど装着してあり、記録も残っているし、マグネゾール投与後は
痙攣は再発しなかったとカルテに記載があるそうです。奈良県産婦人科医会理事会の皆様、記者会見ありがとうございました。また新しい情報が入ればアップします。


続見解の相違2
蛇足的な雑情報をまとめておきます。本題とはあまり関係ないかも知れませんが。
1.当日大学当直医の証言。(医局員で後期研修医2?3年目)
地獄のような熱い熱い夜の当直でした。(熱帯夜ということもありましたが)緊急帝王切開の最中に大淀病院から連絡が入りました。ただでさえ少ないスタッフのうち、何人かが夏休みの最中で、夜間呼び出し電話をかけたがなかなかつかまらない。搬送先を探すのと同時にスタッフの呼び出しも
行いました。あの日の前後の1週間はほとんど大学やバイト 先の当直と他のスタッフの夏休みが重なり、ほとんど寝ていませんでした。
特にあの夜はくたくたに疲れました。

2.奈良県立奈良病院
あの日の夜は妊娠24週前後の早産が進行中で、NICUのベッドに空きがなかった。

3.カルテの看護記録に、わざわざ、すでに退職した元総婦長が来院したと記載あり。
(死亡した患者さんの大叔母か祖母にあたる人のようだが離婚しており、関係は不明)
勤続50年だったそうで、病院長とも長い付き合いで、ツーカーの仲だったという(元看護婦の証言)。産婦人科部長とも旧知の仲だったが、産婦人科部長は、退職後も口をはさみに着たりするこの人物(70歳前後か?)を快く思っていなかったようだ。
実際最初の書き込みにも書いたように、彼女自身が消防署員などから病院のリストを手に入れ、搬送受け入れについて多くの病院に連絡している。この人物から多くの病院側情報などがマスコミに漏えいし、今回の騒動を仕組んだ可能性がある。大淀病院のスタッフの間では有名人。

4.病院長は出身医局は脳神経外科であるが、途中で方向転換しており、専門は消化器外科である。従って産科はもちろん、脳神経外科の知識も一般の外科医並み。

5.大淀病院は総合病院ではない。医師のみならず看護師も不足しており、病棟を一部閉鎖中。

6.大淀病院産婦人科が閉鎖ということになれば、奈良県南和地区で分娩を扱う施設はなくなる。ちなみに南和地区は面積的には奈良県の60%以上をしめる。


http://community.m3.com/doctor/showMessageDetail.do?messageId=338896&boardId=3&messageRecommendationMessageId
=338896&topicListBoardTopicId=39495&pageFrom=showMessageDetail
1.主治医=担当医=産婦人科部長で、当日の産科当直は産婦人科部長ただ一人でした。産婦人科部長に連絡したというのは、院内(部長室か当直室でしょう)にいる産婦人科部 長に連絡したということです。お詫びして訂正します。
2.当直の内科医と産婦人科部長の間でCT撮影について議論した事実はなく、当該内科医もそんなことは言っていないし、カルテにもこれに関する記載はない。
3.奈良医大に搬送受け入れを要請したとき、大学当直医は緊急帝王切開で手術室にいた。
4.マグネゾールで痙攣はおさまり、以後投与中は痙攣の再発はなかった。
5.CTGは入院の全経過中ほとんど装着しており、患者には担当の助産師がほとんど付き添っていた。
6.カルテのコピーは病院側から報道陣にあらかじめ配布されたらしい。報道サイドは看護記録の経過をもとにストーリーを作っているが、カルテの内容については専門的で、technical termもあり、十分に把握していない。
7.患者家族の親戚に当たる勤続50年近かった元総婦長が病院側と患者家族の橋渡し役(スポークスマン?)になっている。


http://www.yabelab.net/blog/2006/10/20-165202.phpより
No.55 Rain さんのコメント | 2006年10月21日 23:16 | (Top)

転載可とのことなのでm3 から。

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今日、患者さんの死亡原因の診断を教えてもらいました。右脳混合型基底核出血で、手術としては脳室ドレナージが行われたようですが、かなり大きな出血だったため、回復されなかったそうです。脳内出血の原因は、年齢から考えて、aneurysmがあったんだろうか。32歳といえば、
aneurysm破裂の好発年齢ですよね。年齢から考えるとAVMは、否定的で すし、予後は比較的いいはずですから。aneurysmは分娩時におこる頻度はまれだったなあ。そういえば妊娠20週まではAVMが多くって、30週から40週まではan eurysmが多いという文献もあったっけ。PUBMEDでももう一度調べてみます。不幸にも亡くなられた方の既往のepisodeに何かなかったのかなと思いました。

aneurysm動脈瘤  AVM動静脈奇形

新小児科医のつぶやき
この件について詳しく書かれています。「子癇」についても詳しく書かれています。
是非目を通してください。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061018
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【2006/10/25 07:20】 | 未分類 トラックバック(0) |

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さてお待ちかね(ホント?)、診察の過程についてご説明します。

 そんなん、分かってるって思ってるでしょ?
 でもそれって、医師との遣り取りしてるとこだけですよね?
 んで、診察1回受けたらすぐに病名が分かるはずだ、ワカラン奴は薮だと思ってしまいますよね? (もしかしたらですけど…) 

 ところが、そうでもないのです。
 だもんで、誤解が発生しますし、トラブルになっちゃったりするのです。

 診察し病気を特定するって言うのは、推理小説の探偵のようなものなのです。
(何の病気か、病気を突き止めないことには、診療できませんからね。)

 患者の症状からすると……、
 Aの可能性はないか?Bの可能性は?あるいはCか?……
 確率的にいくと……Bの可能性の方が高いか?
 いや、もしあの検査であれの数値が高いとなるとBという可能性がますます高くなるなぁ……
 う?ん……とりあえずBを想定して治療を進めてみようか。
 症状はとりあえず抑えないと、患者も困るからな……

 あれ?数値が低いよ。Bじゃなかったのか???
 えっ、そんな症状が出てるの? 前から?………
 早く言ってよぉ、それだとDという可能性が出てくるよ。
 …ということは、あの検査をしてみないといかんなぁ……

 おっ、あの検査の結果って、ますますDの確率が高いじゃないの。ということは……
 総合的に考えるとDだなぁ。じゃ、その方向で治療を進めようか。

 てな具合。

  「どうも具合が悪い」「なんか熱っぽい」「身体がいつもと違うなぁ」などの自覚があると、人は医療機関に行こうと考えます。中には堪えに堪えた挙げ句に受診する人もいるでしょう。初診です。

 患者は診察室で、医師に不調を訴えます。色々な症状を医師に話しますよね。医師はその訴えにもとづいて診察を始めます。顔色や表情や、診察室に入って椅子に座る様子も観察対象です。もちろん今でかかった病気の種類・生活歴・家族の病歴も調べ上げられます。

 その時、医師は何を考えているか、分かりますか?

 医師は、患者の訴えを頭に浮かべ、今分かっている情報を元に、初診ですから基本的な診察をしながら、頭の中であれこれと可能性のある病気を思い浮かべています。患者の訴えと基本的な診察によって、思い浮かべる病気の数は違ってきます。

 この時、医師の頭に浮かぶ病名って言うのは、患者の訴えなど今分かっている情報、基本的診察から考えられる代表的な病気なんですね。なんでかっていったら、代表的な病気というのは、罹る確率が高い病気だからです。

 この時点で、珍しい病気を思い浮かべる医師はいないようです。だって、罹る確率が低すぎますから。

 初診で病名が分かるときもあります。
 その時というのは、患者の様子や訴える症状と基本的な診察が、あまりにその病気の症状と同じだったときです。つまり明らかに、病気の症状と、患者の訴え・様子・診察結果が一致したときです。

 さて、初診では病気がはっきり分からないこともあります。「たぶんこれだろうなぁ」という時や、どんな病気か、可能性のある病気はいくつかあるけどどれだか分からないという時もよくあります。まれ「???」というときも……

 薬はもらって「様子を見ましょう」と言われたけど、何の病気なのか分からなかったというときは、こういう場合の時のようです。この時、次は検査する、と言われているときもありますね。この検査はもちろん、病名を確定する、あるいは病名を絞り込むためです。

 もちろん、初診で検査をされるときもあります。

 2度目の受診。初診でもらった薬で症状が消え、「先生、治りました」と患者が言ったとしましょう。この時、医師の想定通りの病気だったときと、「あぁ、あれだったのか」って時と、ごく稀に、「あら、あれで治ったんだ…」ってのもあるみたいです。

 もちろん、そうでないときもあります。

 患者が浮かぬ顔で「先生、あれ効かないよ」「ひどくなっちまった」「ちっとも良くならん」「少しはマシになったけど…」というとき。患者にしてみれば「何だよ、この薮!」と内心思っていたりしますよね。

 この「ひどくなった」と言う訴えで、病気が突き止められることがよくあるようです。つまり、前回よりもはっきり症状が出てくることで、医師の頭に浮かんだいくつかの病気の中から、ある程度絞り込められるからです。中にはこの時点で病気が確定することもあります。(確定すれば、あとは治療するだけです。)

 初診で何らかの検査をしていれば、その検査結果のデータも病気を突き止めるための重要な資料となります。また、今回検査をすることもよくありますが、これも病気を絞り込む、あるいは想定の病気と断定・確認するために行われるようです。

 いくらか症状が軽くなったときなどは、そのまま前回と同じ薬が処方されることもあります。また、別の薬が処方されることもあります。

 3回目の受診。この時点での患者の症状や病歴、家族の病歴、生活歴、これまでのいくつかの検査結果のデータを元に、かなり病気が絞り込まれます。この時点で病気が確定することもあれば、病気の候補が2つ3つに絞り込まれたりします。中には、この時点でも病名が確定できないこともよくあります。
 もちろん、この段階でも「???」という場合もあります。

 医師は現時点で有効と思える薬を処方して、さらに様子を見ようとします。また、新たな検査を考えることもあるでしょう。事によったら、他の病院に紹介状を書くこともあるかもしれません。

 通院2回目・3回目ともなると、患者によっては「ちっとも良くならん!」と業を煮やして病院・医院を替える人も出てきます。で、今まで受診していた医師には無断で、新しい医師の診察室を訪れる人もいます。

 で、往々にして、ここで面白いことが起きるのです。

 新しい医師に診察してもらって、何の病気か判明し、診察・治療で治る事って往々にしてあるのです。その為、患者はこの新しい医師を「名医だ!」と絶賛し、それまで罹っていた医師を「あいつは薮だ!」とこき下ろすのです。

 ひどいもんですよね。
 あれだけ前の医師を悩ませといて、「あいつは薮だ!」ですもん。

 でもね、患者にしてみれば、「何度か通っても治らなかったものを、この医者は治してくれた!」と思うから当然と言えば当然なのです。

 が、実はそうではないんですねぇ。これは単なる患者の思い込みだったりするのです。
 「後医は名医」って言葉、聞いたことあるでしょ?
 まさに、これなのです。

 どういうことかというと、新しい医師の前で患者は、前の医師に訴えた症状と現状と、前の医師に処方された薬や検査結果を伝えますね。あるいは、おおざっぱに前医との会話などを伝えます。すると、新しい医師にとっては、前医よりも多くの情報を得ることが出来るわけです。

 その結果、新しい医師にとって、前医が想定した病気がおおよそ特定されるわけですね。で、その病気ではないらしい とわかるわけです。とすると、絞り込める想定される病気の数はぐっと減るわけです。
 ということは、新しい医師の方が、短期間で本当の病気を突き止められるわけです。

 情報が多ければ多いほど、病名を突き止められやすいのです。

 で、目出度く新しい医師は「名医」の称号を患者からいただける……
 でもこれは、前医が試行錯誤した努力の上にあるものなのですね。
        (まぁ、稀には前医が正真正銘の薮ってこともありますが……)


 このようなことは、病名がはっきりして治療の段階でも起きます。
 病気の中には、いくつもの治療法というものがあって、これは患者1人1人に、「合う」「合わない」ってのがあるようなのです。だもんで、医師は患者に対して色々な治療を試みるわけです。やってみなければ分からないこともありますからね。そして、往々にして一つ一つの治療には日数がかかるのです。

 患者にしてみれば、有効な治療、自分に合う治療にすんなり巡り会うまでのあいだ、不安と不信の心を時として抱くことがあります。
 でもこればかりは、医師は神様ではないので、たちどころにどうかなる、な?んてことは出来ないのです。

 こう言うことは福祉の現場でもあります。
 過去に私が関わったケースでは、利用者さんが入所してから、私が転勤するまでの8年間、その利用者さんの大きな課題に取り組みました。といっても、その利用者さんに関わった職員は私だけではありません。この8年間に多くの職員が入れ替わり立ち替わり色々な手法で関わってきました。

 うちの法人は大所帯なので、職員の転勤が毎年あるわけですが、件の利用者さんに関わった職員の多くは、私がみていた8年間の中の部分、部分で関わったわけです。8年間を通してみれば、件の利用者さんの課題は大きく改善されました。でもそれは、運良く8年間関われた私だからその結果までをみることが出来たのです。

 件の利用者さんに関わった多くの職員は、転勤などにより結果をみることなく、「俺(私)のやった事って何だったんだろう?」と諦めを持って次の職場に移ったのです。で、8年後の件の利用者さんの状況を伝え聞いて「俺の、私のやってた事って、無駄だったんだね」と感想を述べるわけです。

 でも、それは明らかに間違った感想なのです。8年間のさまざまな職員の関わり方、試行錯誤の上に8年後の課題の改善があるのです。

 医療も同じなのですね。試行錯誤がどうしても必要なのです。
 でも、医療は命に直接関わるため、患者側とすれば、試行錯誤が必要であることが、なかなか受け入れられないのです。
 そこが、難しいところですね。


 次回は、「外科医」から、原因が分からないが悪化する患者と試行錯誤する医師、患者の父親の関わりについて紹介します。その次は、人質に取られる感覚について説明します。

 参考文献を追加します。
 中央公論社出版 なだいなだ著「お医者さん ?医者と医療のあいだ」1970年出版
 
 あまりに古いので、書店にないかもしれません。図書館にはあると思うので是非読んでみてください。

【2006/10/17 22:49】 | 未分類 トラックバック(0) |

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おはようございます。
今日は午前中に西東京市ひばりが丘駅南口で「蟻の兵隊」のチラシ撒きならびにチケット販売いたします。声かけてくださいね。また、午後は市内を政策カーでまわる「うぐいす」をします。声がつぶれているので実態は「からす」ですが。合間の「蟻」「蟻」いいますので、聞こえたら手を振ってやってください。よろこびます。

「蟻の兵隊」西東京自主上映 10/14 pm6:30会場 7:00上映開始
              こもれびホールです。
連絡はこのサイトの右下 メールフォームからください。
今週は仕事がインターバルで休み週だったのに、結局ばあちゃんの番でなにもできなかったなあ。
勝手連更新しました。http://wind.ap.teacup.com/arinoheitai/94.htmlしばらく、蟻の兵隊のまとめをしたいと思います。

さて、最近、カウンターがむちゃくちゃまわる。それはなぜだ?と訝しくおもっておりました。
わかりました。とある評論サイトに、「ばあばさまからの投稿」のことが貼付けてあるのです。
いやよかった、2チャンとかじゃなくて。

というわけで「元検弁護士のつぶやき」からお越しの皆さま。
何かのご縁ですから、ばあばさまからの医療崩壊記事だけでなく、その他も読んでらしてください。竹薮は一般的な主婦というわけではないですが、主婦であることにこだわりを持ち、主婦として在り続けようとしているものです。主婦の立場で発信、受信することを心がけております。またそのことにご賛同頂いて地味ながらきちんと読んで頂くROMの皆さまをであって、サイトを続けて参りました。「一般人」というものは、多く専門家の方々からは愚かだと馬鹿にされておりますが、かつて専門家、今もある分野では専門家である竹薮は、そのような意識のあり方をはげしく危惧して「問題主婦」を名乗っております。折角いただいたご縁が実り多いものになりますようにねがってご挨拶させて頂きます。

もう一点。気付いたこと。
皆さまが書き込んで頂く、コメントのハンドルについてです。
医療従事者、一般人、勤務医、通りすがりの医学生、通りすがり。。このようなハンドルで発言することって、サラリーマンの背広のよう。個人の人格を表現することを避けておられようです。ここは、そういう表現者はない場所でした。もちろん、ネットコミュニケーションはどのようであってもいいのですし、皆様方がおられたところは、そういう徹底した匿名性の世界でしたでしょう。しかし、問題主婦はそうではありません。あるいは女がそうではないのでしょうか(そこまで分析せずに書いています)

たとえば「らっくすうーマン」さんの「うー」が「ウー」でないのはなぜ?そのように思うことで、「ラックスうーマン」さんへの想像力が湧き、肉体を持った個人と話し合っている気になります。ここの御常連さんたちの情報はIPアドレスとかそういうことではなく、ご家族の病気の情報やお子さんの入学や浪人や、問題行動や、運動会の成果やそんなことがそれぞれの胸の中になんとなく共有されている場所です。

もしよろしければ、医療関係者が情報をおとしていくのではなく、医療者であることは皆様方の人格の一部なのですから、そのような人格をもった個人として表現して頂ければと思います。そうすれば、皆さん方にとって、他サイト/他ブログとは違う「問題主婦」の意味があると思います。如何でしょうか。もちろん、それは意にそわないと言うことであれば、背広のまま、白衣のまま発言して頂くのも、また結構です。ネットコミュニケーションはたとえば、新宿の地下街での立ち話のような者ですから、隣の会話もまた聞こえるし、こちらの会話もまた筒抜けですから。

では長々お待たせしました。
ばあばさまからの投稿です。

*****************

 さて、今回紹介する「外科医」の舞台は、シカゴの中心にある教育病院です。教育病院は日本で言うと大学病院に相当するようです。つまり、医者の卵達の修行の場です。

 そして、教育病院にくる患者さんは主に州の医療給付制度の恩恵を受けている生活保護受給者の人々です。医療費はすべて給付金によって賄われます。そして、中流の患者と同等の医療が受けられ、大抵の教育病院は最新の施設と優秀な専門医を揃えられているのです。

 どうかすると中流の患者さんよりも良い医療を受けるかもしれません。というのも、アメリカには日本のように国民皆保険制度というものはなく、中流の患者さん以上の人々は、各自懐具合に従って医療保険に入っているからです。

 どういうことかというと、保険によって賄われるのは医療費の一部に過ぎず、受診する病院も、どうかすると治療の内容にも保険によっては制約を受けるからです。そして、受診する病院も大規模な教育病院ほど設備が整っていないところが多いようなのです。

 ※「外科医」が書かれたのは今から20年前ですが、たぶんアメリカの医療制度に変化はないはずですから、上記の説明は現在にも通用するだろうと思います。


 登場人物の紹介をします。
 主人公「私」は、著者のリチャード・カリール医師(助教授)スティーブ・サンドボーンは、カリール医師が担当するレジデント(カリール医師のプレッシャーに神経性下痢になったりする内気な医師)

P134 (ある晩秋の深夜)
 後始末をしてから、ミッチ・ホランダーを探しに行った。だが、ミッチではなく、スティーブ・サンドボーンに出くわした。スティーブは、それまでヒーローの部屋で仮眠をとっていたのだ。 ※ヒーローの部屋=研修医達の控え室

  出会ったとき、彼は病院の前に立って、駐車場と、その隣の道路を眺めていた。そこで何しているんだ?」と私は聞いた。「数えているんです。この4時間に4回お産があったんですけど、後どれくらい残っているか見ようと思って。あと二つはありそうですね。」

 スティーブが指さした方に目をやると、ライトのついた車が二台見えた。車の中には、生活保護を受けている妊婦がいる。彼女達はクック郡立病院でお産をするように決められているが、この病院の方がこぢんまりしていて親しみやすいので、こちらに来たがる。

 車の中で陣痛が始まるのを待ち、始まると救急室へかけつけるのだ。こちらは面倒を見ないわけにはいかない。市も「緊急のお産」の費用を払わざるを得なかった。

「あそこを見ろ。もう一つありそうだぞ」と私は言った。
 スティーブはうめき声をあげた。「一晩に7回も。ちびが7人か」。首を振りながら言う。
 (略)

 停めてある車からお腹の大きな女がよろめき出て、2、3メートル離れた救急室の入口へ走るように向かうのを、2人で黙って見つめた。駐車場で枯れ葉が乾いた音を立てて舞っている。
 (後略)


 これ、今日本全国のお産難民の方々の行動といっしょですよね。日本の場合は救急車によることが多いですけれども。

 横浜では今、妊娠6週になって病院に行ったんでは遅すぎるそうです。妊娠反応が陽性になったら即、必死になって生む場所を探さないとイケナイ状況になっているとか。

 産む場所がどこにも見つからない「お産難民」が神奈川県全体で年に何千人も発生しているそうで、数年以内には、「お産難民」が神奈川県だけでも年に1万人を超すだろうとの予測もあるとか。

ある産婦人科医のひとりごとより
http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2006/10/post_3462.html



ETV特集:なぜ医師は立ち去るのか?地域医療・崩壊の序曲?10月7日放送?
http://www.nhk.or.jp/etv21c/index2.html
ここで産みたい?産科医不足・試される現場から?2006年10月9日放送?
http://www.tv-asahi.co.jp/telementary/


【2006/10/07 09:03】 | 未分類 トラックバック(0) |

ばあばさま
あいね
ばあばさま、はじめまして。

医療崩壊についてずっと読ませて頂いておりますが、自分の頭の中を一度整理するためにコメントさせてください。
私は神奈川で生活をしていて、お産も居住地にある市立の病院でしました。約10年前の話ですが、その時でも妊娠したとわかった時点ですぐに出産の予約を入れないとその病院では出産できないと病院の方から言われました。結果としてすぐ予約を入れて市立の病院で出産したわけですが、その当時は実家に帰って出産するという選択肢もあり、あまり危機感を感じてはいませんでした。
ところが、現在ではその"実家に帰って出産"も危ぶまれる状況になっていますよね。(気づいていないだけで、ひょっとして当時から危なかったのかもしれませんが。)今、私が妊婦だったらと思うと心底ぞっとします。また、早ければあと10数年で我が子も妊婦になりうるわけで、お産に関しては今現在自分が当事者ではないからといって安心しているわけには行きません。当然、今この瞬間からわが身に降りかかってくるであろう病気や怪我等に対してはなおさらな事です。もう少し時間をかけてじっくり考えてみたいと思い、ばあばさまからの投稿1から読み直したり、リンクのページにいったりしているところです。
先ず、情報を与えてもらって知ること。そこから先自分が何をしたらよいのか、何ができるのかを考えること。100%医療を受ける側である私が出来ることといえば、今のところこれくらいでしょうか。
悠長なことを言っている場合ではないかもしれませんが、ばあばさまの後にくっついてしばらく勉強していきたいと思います。
よろしくお願いします。


ばあば
>先ず、情報を与えてもらって知ること。そこから先自分が何をしたらよいのか、何ができるのかを考えること。
>悠長なことを言っている場合ではないかもしれませんが、ばあばさまの後にくっついてしばらく勉強していきたいと思います。

 あいねさん、まず何よりも知ることだと私は思います。そうでなければ行動に移せませんから。それに、この問題は突き詰めれば、それぞれの死生観にも関わってくるのではないかと、恐ろしいことに私はそう思ってもいるのです。

 今の状況は、パニック映画で言うと導入部分でしかありません。

 映画では、導入部分で危機感を持った人間だけが最大の危機を脱し、問題解決の糸口を掴むことができます。その他の人々は、運がよければお相伴に預かれることになっています。

 私が知り得るところをこれからも紹介したいと思います。そして、患者側の人間としてとりうる方法を模索したいと思います。ある意味、私は炭鉱のカナリヤですから。

 あいねさんも、どうかこの問題に常に関心を持ち、アンテナを高く掲げてください。そして、隣近所の人々にもさりげなく、伝えてください。

NHK教育テレビ
竹薮みさえ
見ましたよ。
きつかった一日の最後に。
みんな一緒と各人各様の項に書きましたが、やはり市民がビジョンをもつということでしょう。あの瀬棚の診療所は、住民との組合組織にして、行政から補助をとりながら、自主経営するのがいいでしょう。国や自治体の任せてないで、あれだけ市民が立ち上がっているのなら、それが出来ると思うな。

夕張の副院長がいてったけど、厚労省は国民に死ねと言ってるんですよ。自己責任でね。その象徴が尊厳死です。ビジョンを持った医者と市民の恊働。これは早晩流行りになるな。きっと。

ばあばさま
あいね
こんばんは。
コメントありがとうございます。
ばあばさまの投稿を読みながら色々な思いが交錯して、自分の考えをどのように方向付けしたらよいのか少しもてあましていたのですが、コメントを頂いたことで糸口が見えてきたような気がします。(錯覚でないことを祈ります。)
"先ずは知ること。"ここを心に留めて関心を持ち続けていきたいと思います。隣近所の方々にさりげなく伝えてあげられるようになるためにも。
お忙しいでしょうが、引き続きの投稿をお待ちしております。





ばあば
>ビジョンを持った医者と市民の恊働。

 そうです。医療関係者の方々と住民はタッグを組んで、必要とあらば、政府・行政に当たる必要があると思っています。

 しかし今、あまりにバランスが悪いのです。
 今のままではタッグは組めません。

 患者側の立場である我々は、もっと色々なことを知らなければならないと思います。さもないとバランスが取れないと思っています。なにせ現状では、「医療崩壊が来るぞ!」と警報と悲鳴を出しているのは、医療関係者、医師の方々だけですから。

 「心の僻地」を作り出しているのは、患者側の我々です。

 へへっ、「心の僻地」という言葉をいつ言おうかと悩んでおりました。番組の中で井関氏が説明してみえたので、安心して使えます。なにせこの言葉、患者側としては耳に痛い言葉ですもん。

そうでしょうか。
竹薮みさえ
今回の場合、いつもぶつかるのがそこです。
「患者側としては耳が痛い」ので、医療者の人たちが「使うのがはばかられる」というかぎり、心の僻地を作り出すのは、医師も同罪です。
今日の医療者達は、患者を育ててきました。だから患者の方が医者に歩み寄って悪うございました。不見識でしたと謝らにゃあいかんのですか?今日のウツの男性はやって当たり前のことをようやくやった、おそすぎたんですか?

ばあばさんの投稿にコメントする医療者のかたたちはどうしてばあばさんにむけて語るのですか、ばあばさんはもうすでにわかってる人なんですよ、そういう味方にむけて語る必要はない。ここをROMしてる見えない主婦達にむけて語るべきなのに、ばあばさんに向けてかたる。ここをROMしている方々という呼びかけがない。竹薮の記事に反応して下さったのはどDr.Iさんのみです。いささか挑発的な今日の竹薮の記事にコメントくださらないのはなぜ?

内輪でだべるな。外に向かって語れ。誰と何を共有したいのか。方向性を語れ。今日のコーディネートしていた行政学の人と、竹薮のいうことは同じです。で、竹薮は患者の側だから医療者に向けていってるんです。医師もまた「心の僻地」をこれまでさんざんつくってきた。「いい薬つかいますからね」という医師が山ほどいる。それでレセプト開示だの、インフォームドコンセプトだのという動きが出てきた。それを棚に上げて、行政の画策もあって医療崩壊するのを、まるで「患者があほだから」みたいに言われるのは納得いきません。

「お医者さま」が医療者として、地べたにおりてきてくれないとどうしようもないし、「患者さま」などという妙な持ち上げ方をして患者を消費者にしてしまった医療マネジメントもまた批判されねばならないでしょう。
「心の僻地」というのを井関氏は行政や医療者に対してつかっていたでしょう?
「医療過誤」というある意味でまちがった叫びを、患者に正しく叫べと誰が言えるのでしょうか?その叫びは実はこういう風に叫ぶべきだったといままで解釈してこなかった、医療関係者(行政も、プロも、そして患者と医療者のコーディネーター)の全てが患者と敵対的な立場にしか立たなかったってことじゃないですか?

ばあばさんは尿意を感じない人が失禁することを責めない。それと同じです。尿意を感じない者と共存していくには尿意を要求することは出来ません。患者は失禁してなんでもかんでも訴える。それは医師がなんでもなおしてくれるという幻想故です。その圧倒的な医療者のフリをなげくのはいい。しかし、患者に尿意を要求するのは間違いです。認識に余裕のあるものが、(つまり問題を良く知ることのできるものが)苦労を負うのは、世の中の恒ではありませんか。認識に余裕があるからこそ、発信の責任があるのです。幸いわたしたちはある程度「尿意」を感じることが出来ます。幻想を放置せずにもっと早く対応していれば、ここまでひどくはならなかったかもしれません。たとえば在宅で死にたいといったのは患者です。そして在宅での死がデザインされた。そういう正しい叫びもあったのです。そしてその二つの叫びは同根です。

遅すぎた「医療崩壊がくるぞ」という叫びにおいて、なぜ「そこまで叫べなかったのか」という総括がないと、患者と医師の恊働はくめないでしょう。

竹薮は医療者に厳し過ぎるでしょうか。


元田舎医
>>管理人さん
>竹薮は医療者に厳し過ぎるでしょうか。
というより、もう少し当該問題について知識を得てから吠えられた方が説得力が増すのでは。
今の現状認識では読んでいてあまりに痛々しいので医療者側が生暖かくスルーしているだけのように思います。
探す気にさえなれば資料などいくらでも転がっています。
調べる気にさえなれば。


じゃりんこ知恵
皆様、白熱してますね。個人的には、こうゆう雰囲気好きです。要は、安心して産めない(産科医不足)、安心して育てらない(小児科医不足)現状で、いくら手当てをねんごろにしても、少子化対策にはならないだろうと思います。


ばあば
 私が医療崩壊に関心を持つに至ったのは、案外とそれまでの読書歴がものを言ったのかもしれません。医療関係で読んだ本。

70年代に読んだのは、
 リチャード・フッカー著「マッシュ」3巻
 なだいなだ著「お医者さん~医者と医療のあいだ」
80年代は、
 田村京子著「北洋船団女ドクター航海記」
 川人 明著「正直な誤診のはなし」
 庭瀬康二著「ガン病棟のカルテ」
 吉利 和編「医師の生命観」
 それに、以前紹介した「外科医」「ついに…僕は医者になった」
90年代は、
 別冊宝島152「病院で死ぬ!」
 入澤俊氏著「こちら泌尿器科110番」
 そして以前紹介した「研修医なな子」全7巻

 改めて本棚から手にとってぱらぱらと見ていたら、医療崩壊に到るまでの諸問題は、すでに70年代には書籍として世間に公表されていたんですね。すっかり忘れていましたが。

 なだいなだ氏の「お医者さん」には、医療崩壊に到るまでの諸問題がさり気なく書かれていました。この本、毎日出版文化賞受賞なんですね。でも、この本読んだ人、きっと少なかったんでしょうね。   

非医療者の幻想
人形師
医師は人口の0.2%しかなく、誠実に現状をお話しても大多数の非医療者は、
マスメディアによって作られた先入観に基づいてお話を聞かれます。
医療問題を語る上で、本来オピニオンリーダ足らねばならない医師は
数の力では、圧倒的に弱いため、非医療者の幻想が社会では主流です。

医師というのは、自分の意見を表明しても数の力(=権力)で押しつぶされ、
また、働き盛りの有権者は全く医療機関を利用しない人がほとんどであるので
黙殺されてしまうのです。メディアでも医師たたきで終了してしまうのは
医療を必要としている人は、選挙の票にならないからでしょう。

私はとある地方病院に勤務していましたが、患者さんの苦情の投書のほとんどは
時間外外来の待ち時間短縮、病院食堂のメニュー、トイレの構造についてでした。
本来の医療機関の能力としては、大淀事件のように重症患者の対応能力などを
重視すべきだと考えます。

病院の苦情処理係としては、数の上で多い本来の医療では後回しにすることを
優先して、声を上げることすらできないICUの患者や、新生児室の患者に対応する
ことが後回しになります。(後回しにするということは、見殺しにするということと
同義であります。)

医療問題は、公開されてはいけないのです。また、有能な病院は宣伝してはいけないのです。
患者に開かれた医療というのは幻想です。
対応が良いと評判の病院は、誰に対してか、軽症患者のみ対応が良いということか
見極める必要があります。

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 ばあばさまからの投稿を掲載し始めて、医療関係者の方々からコメントをいただいている。竹薮は場所を提供しているのである。だもんで、そのコメントに対して返信するのは、ばあばさんの役かなあと考えて、今までコメントせずにいた。でもまあ、管理人だし、この間感じたことを書いとくのもいいかなと思いちょこっと書く。

1)医者は特別の人間ではない。
 わたしたちは、医者に行けば治るとおもっているが、そうではない。治ることもあれば、治らないこともある。それは予備校にいって受かることもあれば、落ちることもあるってのと同じだ。それと、専門家ってのは専門であって、万能ではない。だから、病気になった時、わたしたちは、治る治らない、あるいはその方法も含めて主体にならなきゃいけないってことだ。

2)主体であるわたしたち(医師も含めて)の未熟
 医者に依存して、なんかあったら文句言う一般人の態度に医療者はおこっている。
 しかし、これは医療だけでなく、全般的にいえることだ。わたしたちの生活は全面的に商品化されており、衣食住のすべて、教育も娯楽もすべてそうだ。商品水準が比較的に向上しているし、自分で何もしなくても、ただ買えば済むので、商品知識をもたない。だもんで、スカをつかんではじめて激怒し、かつ、とんでもない要求をするわけだ。今の世の中の仕組み全体がそうなんだ。

3)だったら、何をするべきなのか
 商品知識をつける。かつ消費者意識をつける。そのための教育がなされなければならない。ってだけのことでしょ。また商品をきちんと知るってのはある程度自分で出来る方がいいに決まってるんだ。学校や家庭の中で、保健教育の充実がのぞまれる。

 医師は愚痴ってないで、積極的に発信すべきだ。自分が出来ないなら、組織化して専従をやとえばいいでしょ。あるいは、家族にやらせればいいでしょ。医療組合みたいなのもいいかもしれない。患者も、医師の組合員として出資する。その医療組合も、基礎的医療と、高級医療さまざまなものがあっていい。その医療組合が積極的に広報するってのはどうか。医師が、単なる理科系の人間としてしか、学んでいないことが大きな問題。これは日本の教育の難点。
 ともかく社会科学基礎理論というのを大学できっちりやることが大切なんだけども、それをやらないなから、みんな馬鹿になってしまう。官僚も、医師も、ホリエモン同様にダメなのは社会科学をやってなくて、実学しか出来ないからだと思う。

4)議論の方向性をどこへもっていくべきか。医師の惨状はわかったと。で、事実をしるのは、今後ばあばさんに投稿して頂けるのでそれでいくとして。現在の医療をめぐる諸問題、つまり介護保険の新制度、多田富雄さんが怒っておられるリハビリの問題、尊厳死のガイドライン法制化の問題。このような諸問題を医療という概念で包括的にとらえるならば、どうなるか?というのが、竹薮のこれまでのスタイルだ。そのような総論を考えた上で、各論を考えるのが、今までの姿勢だ。だから、ばあばさんの投稿とそこになされる医療者方からのコメントの流れとは別に、そのように考えたいと思う。

5)総論の方向性
 誰と何を共有するのか。これは今まで竹薮が何度も言ってきた、問題を立てる時の考え方の基本だ。医療者と非医療者が共有する。それは動かないと思う。この共有がなければ問題解決はないだろう。で、どこまで共有できるか。そこだ。今、医療者が非医療者に向かって、もうやれない、無理だとそういう現実を共有せよと迫っているということだと思う。そこから次だ。次はどっちだ。そこなんだと思う。

【2006/10/05 22:08】 | 未分類 トラックバック(0) |

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