上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 ばあばさまからの投稿を掲載し始めて、医療関係者の方々からコメントをいただいている。竹薮は場所を提供しているのである。だもんで、そのコメントに対して返信するのは、ばあばさんの役かなあと考えて、今までコメントせずにいた。でもまあ、管理人だし、この間感じたことを書いとくのもいいかなと思いちょこっと書く。

1)医者は特別の人間ではない。
 わたしたちは、医者に行けば治るとおもっているが、そうではない。治ることもあれば、治らないこともある。それは予備校にいって受かることもあれば、落ちることもあるってのと同じだ。それと、専門家ってのは専門であって、万能ではない。だから、病気になった時、わたしたちは、治る治らない、あるいはその方法も含めて主体にならなきゃいけないってことだ。

2)主体であるわたしたち(医師も含めて)の未熟
 医者に依存して、なんかあったら文句言う一般人の態度に医療者はおこっている。
 しかし、これは医療だけでなく、全般的にいえることだ。わたしたちの生活は全面的に商品化されており、衣食住のすべて、教育も娯楽もすべてそうだ。商品水準が比較的に向上しているし、自分で何もしなくても、ただ買えば済むので、商品知識をもたない。だもんで、スカをつかんではじめて激怒し、かつ、とんでもない要求をするわけだ。今の世の中の仕組み全体がそうなんだ。

3)だったら、何をするべきなのか
 商品知識をつける。かつ消費者意識をつける。そのための教育がなされなければならない。ってだけのことでしょ。また商品をきちんと知るってのはある程度自分で出来る方がいいに決まってるんだ。学校や家庭の中で、保健教育の充実がのぞまれる。

 医師は愚痴ってないで、積極的に発信すべきだ。自分が出来ないなら、組織化して専従をやとえばいいでしょ。あるいは、家族にやらせればいいでしょ。医療組合みたいなのもいいかもしれない。患者も、医師の組合員として出資する。その医療組合も、基礎的医療と、高級医療さまざまなものがあっていい。その医療組合が積極的に広報するってのはどうか。医師が、単なる理科系の人間としてしか、学んでいないことが大きな問題。これは日本の教育の難点。
 ともかく社会科学基礎理論というのを大学できっちりやることが大切なんだけども、それをやらないなから、みんな馬鹿になってしまう。官僚も、医師も、ホリエモン同様にダメなのは社会科学をやってなくて、実学しか出来ないからだと思う。

4)議論の方向性をどこへもっていくべきか。医師の惨状はわかったと。で、事実をしるのは、今後ばあばさんに投稿して頂けるのでそれでいくとして。現在の医療をめぐる諸問題、つまり介護保険の新制度、多田富雄さんが怒っておられるリハビリの問題、尊厳死のガイドライン法制化の問題。このような諸問題を医療という概念で包括的にとらえるならば、どうなるか?というのが、竹薮のこれまでのスタイルだ。そのような総論を考えた上で、各論を考えるのが、今までの姿勢だ。だから、ばあばさんの投稿とそこになされる医療者方からのコメントの流れとは別に、そのように考えたいと思う。

5)総論の方向性
 誰と何を共有するのか。これは今まで竹薮が何度も言ってきた、問題を立てる時の考え方の基本だ。医療者と非医療者が共有する。それは動かないと思う。この共有がなければ問題解決はないだろう。で、どこまで共有できるか。そこだ。今、医療者が非医療者に向かって、もうやれない、無理だとそういう現実を共有せよと迫っているということだと思う。そこから次だ。次はどっちだ。そこなんだと思う。
スポンサーサイト

【2006/10/05 22:08】 | 未分類 トラックバック(0) |

承認待ちコメント
-


コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2009/04/03(Fri) 11:50 |   |  #[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。